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大分地方裁判所 昭和47年(ワ)182号 判決 1973年3月07日

原告 加徳寅彦

右訴訟代理人弁護士 小関虎之助

被告 九州運送株式会社

右代表者代表取締役 尾家義人

右訴訟代理人弁護士 河野浩

右訴訟復代理人弁護士 高谷盛夫

主文

1  被告は、原告に対し、一二七万八四七八円を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

主文第1および第2項と同旨の判決ならびに仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二、当事者の主張

一、請求原因

(一)  原告は、昭和二七年五月一二日より大分貨物運送株式会社に入社し、(同社は大分通運株式会社と商号を変更した後昭和三七年八月一日二豊運送株式会社および東豊運送株式会社と合併して被告となる。)、昭和四二年九月二〇日被告を停年で退職したものである。

(二)  ところで、被告の退職金規程附則第三項によれば、「本規程によるよりも、旧規程によることが有利な者については、昭和四三年六月三〇日まで旧規程によることができる」旨定められているところ、右旧規程たる前記大分通運株式会社の退職手当支給規則によれば、一五年五ヶ月(採用および退職の月は勤務日数のいかんにかかわらず一ヵ月勤務したものとみなされる。)勤続して停年により退職する場合における退職手当の支給額は、退職した月の基本給に勤続年数一五・四二(五ヵ月は〇・四二年と換算される。)および勤続年数一五ヵ年以上二〇ヵ年の支給率一・四をそれぞれ乗じて算出した額に一〇割加算されたものとなっているので、退職した月の基本給が四万三九八〇円であった原告の退職金支給額は一八九万八八八〇円とならなければならない。

(三)  しかるに、被告は、昭和四二年一一月一五日原告に対し退職金として六二万〇四〇二円を支給したのみである。

(四)  よって、原告は、被告に対し、その差額一二七万八四七八円の支払いを求める。

≪以下事実省略≫

理由

一、請求原因第(一)および第(三)項の各事実ならびに第(二)項中原告の退職した月の基本給が四万三九八〇円であったことについては、当事者間に争いがない。

二、そして、原本の存在および≪証拠省略≫によれば、以下の事実が認められる。

(一)  被告は、訴外九州運送労働組合と協議のうえ、昭和四〇年七月一日従業員が退職したときに支給される退職手当に関する就業規則として退職金規程を制定したこと。

(二)  前記のとおり被告は大分通運株式会社、二豊運送株式会社および東豊運送株式会社の三社が合併したものであるが、右三社の退職手当に関する労働協約ないし就業規則によって算出した退職手当額にはいちじるしい格差があってそれが同時にこれらと右退職金規程によって算出した退職金額との格差ともなったため、右組合との協議の際その間の調整が問題となり、その調整を目的として右規程に附則が設けられ、右三社から引き続いて勤務する者はその年数を通算するとともに右規程によるよりも合併前に所属していた会社における退職手当に関する労働協約ないし就業規則による方が有利であって昭和四三年六月三〇日迄に停年退職を予定されている者には既得権を尊重する趣旨で右労働協約ないし就業規則によることができることが規定されたこと。

(三)  原告が合併前に所属していた大分通運株式会社の退職手当に関する就業規則たる退職手当支給規則には、退職手当は勤続二年以上の者が一定の事由によって退職する場合に支給され、停年により退職する者の退職手当額は、採用の月から退職の月までを―採用および退職の月は勤務日数のいかんにかかわらず一ヵ月勤務したものとみなしたうえ―総計した月数を一二で除して得た数を勤続年数とし、一年未満の端数月は月数端数が五のときは〇・四二年に換算してそれが一五ヵ年以上二〇ヵ年未満のときには退職した月の基本給に右勤続年数と一・四をそれぞれ乗じて得た額に一〇割を加算したものとする旨が定められていること。

(四)  他方、右退職金規程には、退職金額は、入社の日から退職の日までを暦日によって計算し、一年未満の端数があるときは月割で計算して一ヵ月未満は一ヵ月として勤務年数とし、それが一五年五月のときは退職時の月額基本給に一二・八五八を乗じて得た額とする旨が定められていること。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右の事実によれば、原告の退職金額は旧規程たる大分通運株式会社の退職手当支給規則による方が被告の退職金規程によるよりも有利であり、そして右退職手当支給規則によって昭和二七年五月一二日から昭和四二年九月二〇日まで勤務して停年退職した原告の退職金額を計算すると、一八九万八八八〇円になることは明らかである。

そうとすれば、原告は、被告に対し、右金額と原告が被告から支給された退職金六二万〇四〇二円との差額一二七万八四七八円の退職金債権を有していたといわなければならない。

三、ところが、被告は、右債権は労基法一一五条により時効で消滅した旨主張する。

本件退職金債権の履行期が昭和四二年一〇月二〇日であり、原告が右債権について調停を申立たときは二年を経過していたことについては原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

そして、前記事実によれば、本件退職金は不確定期限付後払賃金の性質を有するものと認められるので、同法一一条の賃金にあたると解される。しかしながら、本件の如き退職金は、日常頻繁に生ずるものではなく、かつ、多額になるのが常であり、しかもそれに関する証拠の保全も十分に行われるのが通例であるから、これを短期に時効で消滅させなければならない実質的な理由はないというべく、これを二年の短期で時効消滅させるときは退職したとはいえ経済的弱者であることにかわりはない債権者の保護にもとり、つまりは使用者が労働者より優位にあるため債権を訴訟によって実行することが困難であることを考慮して民法一七四条の特則として規定されたといわれる労基法一一五条の立法趣旨をも没却することになりかねないのであって、さなきだに批判の多い短期消滅時効制度の不当さを拡大するばかりであると考えられる。加えて、同条に「この法律の規定による賃金」とは、右の立法趣旨からみて同法二四条二項本文の毎月一回以上支払われる賃金をいうものと解する余地がある。

こうして、本件のような退職金については、同法一一五条の適用はないと解するのを相当とするから、被告の右主張は採用できない筋合いである。

四、結論

よって、その余の点を判断するまでもなく、原告の被告に対する本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 並木茂)

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